〈Des Dev〉と、コーディング限界費用ゼロ社会
コーディングの限界費用がゼロに近づくなか、デザイナーの職能は既存ソフトウェアのオペレーションに留まらなくなりつつある。Open Claw、「SaaSの死」、橋本麦のインターフェース空間論を起点に、〈Des Dev〉という仮説を素描。著:太田知也(Design Currents)
〈Des Dev〉?
〈Biz Dev〉(ビズデヴ/Business Development/事業開発)に類するものとして、〈Des Dev〉(デズデヴ)なるものを考えてみている。仮説的な定義としては、つぎのようになるだろうか。
Design Developments:デザイナーやクリエイターにとって、なんらかのプロジェクトを実施する際に、ツールキットやスクリプト、AIエージェントが利用するコンテクスト群といった一切を、固有の状況にあわせてオーダーメイドすること。対置されるものとして、Adobe製ソフトウェアなどのオペレーションがある。
AIエージェントを仕事に本格導入するようになって以来、こうした作業の可能性や面白さを痛感するようになった。思考を触発される起点になったのは間違いなくAIエージェントなのだが、けっこう深掘りして考えてみることもできそうなので、思考の輪郭をスケッチしてみたい。真ん中には〈Des Dev〉という仮説的な概念があり、その周辺にはオープンソースソフトウェア(OSS)の文化やSaaSの終わり、「インターフェース空間」(橋本麦)といった概念が隣接している。(そしてコンテクストエンジニアリングもかなり関連するが、これについては別の機会に。)
Open Clawとオープンソース文化

昨今のテックニュースを騒がせているひとつに、Open Clawというプロジェクトがある。これは自律型のAIエージェントで、イメージとしては映画『アイアンマン』シリーズの「ジャーヴィス」がこれに近い(と言われがち)。映画のなかでトニー・スタークはジャーヴィスに音声で指示を出し、会社の経営判断を移動中におこなったり、悪役との戦闘に際していろいろ先回りさせたりする。(いかにもおぼろげな記憶なのでぼんやりしていて申し訳ない。)
わたしもここ数週間でOpen Clawを導入した。クリエイティブ関連の業務改善に利用している。たとえば、ディレクター的な役回りの仕事をおこなうとき、Open Clawに指示を出す。「議事録を更新したよ。そっからタスクの締め切りを抽出して、グーグルタスクに登録しといて」。こういうスクリプトをOCにメッセージすると、「相見積もりの取得:X月Y日まで」「仕様書の納品:X月Y日まで」みたいなタスクが登録された状態になっている。
この例だとまだ、AIエージェントが自律型であることの恩恵は薄い(複雑な機能を備えたテキストエディタでもできる)。けれども、OCは定期的に特定の作業ルーティンを勝手に実施し、たとえば「毎朝8時にタスクやカレンダーやGmailを巡回して、今日やるべきタスクのリマインド、返信すべきメールの洗い出し、ニュースレターの要約をする」といったこともできる。この種のユースケースはXでもテックメディアでもDiscordサーバーでも、漁ればたくさん出てくるはず。
言いたかったのは、Open Clawがオープンソースのプロジェクトだということだ。OCを利用するのに使用料やサブスク料金がかかることはなく、開発は有志のコミュニティによっておこなわれている。OCのDiscordサーバーを見ていると、毎晩何人もの人々がVCに集って共同開発やバグフィックスをしたり、ユーザーの疑問に応答したりしているようすがうかがえる。もちろん無賃労働だ。
──どんな小さなサービスもサブスクになった昨今にあって、この光景はもはや新鮮に映る。そんな実感をおぼえるのはじぶんだけだろうか。「もはや」と書いたのは、インターネットってもともとそういう場所だったじゃんね、という気持ちがあるから。これに関する古いエッセイに「伽藍とバザール」というのがあり、Linuxの開発を主導したリーナス・トーバルズのやり方を分析したものだ。
トーバルズの例を見ればわかるとおり、オープンソースの初期には、「ただじぶんが欲しかったから◯◯のソフトウェアのコードを書いた」とか「ただ純粋に開発が楽しかったから」という衝動がある。だから、ビッグテックがプラットフォーム資本主義を作り上げてベンダーロックから逃れられなくさせる、というような事態とは異なる風景がそこにはあった。(ついでに言えば2010年代にはパーソナル・ファブリケーションやオープンデザインといった潮流において、この種の気風やプロジェクトが細々とだがたしかな熱気を伴って実践されていたわけだけれど。)
便利なSaaSに課金する→じぶんにあったスクリプトを内製する
Open Clawやツール制作者のコミュニティを見ていると、投資業界で昨今しきりに聞かれるようになった「SaaSの死」という言葉が、かなり真に迫って感じられるようになった。そういう実感をもっている。
というのも、SaaSに課金するのではなく、個々人がじぶんの生活や利用状況にあったソフトウェアをみずから開発する、というモードをエンパワーする状況がかなり広がっていて、Tech Savvy(PCオタク)だけじゃなく一般ユーザー──それが誰なのかというのは難しいけれど、ひとまずSNSとスマホを日常的に使っている人ら、くらいの定義でいいんじゃないか──に近いところにまで影響を及ぼしているように感じさせるからだ。
言い方を変えれば、ソフトウェア開発の限界費用がゼロになった社会(参考:ジェレミー・リフキン)、かもしれない。Claude Code(Anthropic)やAntigravity(Google)、CursorなどのAIエージェントネイティブなコーディングソフトを使うことで、自然言語の指示を出すだけでコーディングができる状況になっている。
ソフトウェアというほどおおげさでないとしたら、スクリプトでもいい。わたしはまったくプログラマーではないけれど、最近はじぶんの生活が便利になるためのスクリプトをいろいろ書くようになった。さっき例に挙げたOpen Clawに連携させるかたちで、メールボックスに溜まるいっぽうであった各種のニュースレターを要約してもらっている。それが毎朝個人のDiscordサーバーに書き込まれる。あるいは食べ物のカロリー計算スクリプトも書いた(痩せるためではなく太るため):①食べる食事の写真を撮る。②Dropboxのカメラアップロード経由でクラウドに乗っかる。③Dropbox API経由でOCが画像を読み取る。それをLLMの画像認識が見た目から判断してカロリーを出す。④Discord経由で摂取カロリーが通知される。
こういうことをやっていると、生活だけでなく仕事の面でもOC利用やスクリプト書きをやっていきたくなる。──もちろんいろんなAIインフルエンサーっぽい人らが、この種のベストプラクティスめいたことをたくさん発信してくれているだろうから、取り立ててじぶんのやり方を知らせたいわけではない。しかしこの延長上には、冒頭に書いた〈Des Dev〉というコンセプトがあるような気がしている。ここからさらに少し遠回りをして説明することになる。
既存ソフトウェアが扱うパラメータの外部
ところで、デザインの実務の現場においては、長らくAdobe製のソフトウェアが支配的に利用されてきた。それもまあ、CanvaやFigmaが出てきたことで変わりつつあるとは言える。しかしいくらベンダーが変わったとて、本質的にはソフトウェアベンダーが提供するSaaSを使っていては、「Adobe税がうんぬん」というあり方と大差はない。つまるところソフトウェアオペレーターとして習熟することが表現者としての研鑽を積むこととほぼ同義である、という状況のなかにデジタル化以後のデザイナーはロックインされてきた側面がある。
けれども、だ。ソフトウェア経由でオペレーターが扱っている「空間」の外側には、じつは広大な領域が広がっている。そういうことを、映像作家の橋本麦さんが書いていた。このエッセイというかUIデザイン論には非常に触発されるところがあったので、つよくおすすめしておきたい。

たとえばAdobe Illustratorに備わっている幾何学図形のパターンの描画。これを使えば、円形や矩形をすぐに画面のうえに描画できる。個々の図形のアンカーポイントやパスを操作していくことで図形を変更でき、またそれらを組み合わせていくこともできる。このときソフトウェアオペレーターは、図形を制御するパラメータの「つまみ」を操作しているわけだが、操作の仕方はIllustratorによって規定されているとも言える。しかしベクターの図像はコンピューターの内部では数値として定義されたものであるから、ソフトウェアのUI(Illustratorのパネルやツール)を操作するだけでなく、数値を直接書くことも原理的には可能なはずだ。
やや左派的な物言いをすると、要するに、既存ソフトウェアのUIがオペレーターに対して「つまみを制御せよ」とアフォードしているデザイン空間のなかでは、数値・数理的な処理は捨象されている。では、その外側にはどんな風景が広がっているのか? そういうことを橋本さんは豊かな実例とともに描き出していた。そして、捨象された空間というか、無限に近いパラメータを制御しうる「つまみ」の集合体にアクセスする方法として、オリジナルのソフトウェアやスクリプトを開発することの可能性も示唆されている。(裏側から言えば、Adobeなどの既存ソフトウェアからアクセスできるデザイン空間は、表現の多様性を担保しながらも、無限の「つまみ」=混沌の前でオペレーターを途方に暮れさせないという、ちょうどよさげな遊び場を提供してくれている。そういう洞察もまた橋本さんは書いてくれている。)
ワンクリエイター、ワンプロジェクト、ワンスクリプト、ワンプロダクト
──ここでようやく〈Des Dev〉というコンセプトの話になる。つまり、ソフトウェア開発の限界費用がゼロに近づいてきた状況にあって、クリエイターやデザイナーができることは、既存ソフトウェアのオペレーションだけではなくなりつつあるんじゃないか。オペレーションだけではなく、ソフトウェアやスクリプトをみずから書き、コーディングすることで、これまで不可視化されがちであった未知のデザイン空間にアクセスしうる可能性がもたらされている、と言えるのではないか。
Design Developments:デザイナーやクリエイターにとって、なんらかのプロジェクトを実施する際に、ツールキットやスクリプト、AIエージェントが利用するコンテクスト群といった一切を、固有の状況にあわせてオーダーメイドすること。
ワンクリエイター、ワンプロジェクト、ワンスクリプト、ワンプロダクト。橋本さんやレフ・マノヴィッチのような人々はそうした実践や理論の先行者だと思うが、そういう制作現場が当たり前になったら、けっこう面白いような気がしている。今後はわたし自身の実験についてもレポートしていきたい。